平子良太 I’m donut？の誕生と世界観
平子良太プロフィール
基本情報
- 名前：平子良太（ひらこ りょうた）
- 職業：料理人・空間演出家・ブランドプロデューサー・実業家
- 出身地：長崎県
経歴・キャリアの流れ
- 高等学校卒業後、長崎県内のホテルの厨房に就職（3年間修行）
- 修行後、アンティークショップに転職
- その後、福岡県の飲食店に転職
- 地元に帰省し、姉が開業するカフェ併設のアンティークショップを手伝う
- 再び福岡の飲食店で勤務
小さな物件から始まった挑戦
平子良太さんの飲食業としてのキャリアは、たった7坪の小さな物件から始まりました。
2012年に福岡で開業した「パスタ食堂ヒラコンシェ」は、狭さゆえの工夫と、限られた空間の中でどう魅力を最大化するかという挑戦の場でした。
当時入居していたビルは、家賃が安い代わりに非常に古く、店内も決して快適とは言えない環境でした。
しかし平子さんはその環境を逆手に取り、空間のすべてに物語性を持たせました。
アンティーク家具を配置し、内装にも自ら手を加えることで、“小さいけれど世界観のある店”を実現させたのです。
狭いからこそ、席数の限界、オペレーションの効率、収益性といった課題にも正面から向き合う必要がありました。
その経験が、後のベーカリーやドーナツショップにおける「商品の見せ方」や「導線設計」に強く反映されている点も見逃せません。
また、当初は飲食業に対して「一生続けたい」という確固たるビジョンがあったわけではなく、「目の前のお客さんに喜んでもらえることをやる」というシンプルな思いから始まっています。
この柔軟さと実行力が、結果として業態の拡張につながりました。
「ヒラコンシェ」の成功によって手応えを得た平子さんは、その後、より広いスペースの「ヒラコンシェクラシック」、さらにはドライフラワーショップやベーカリーなど、ジャンルを超えた展開へと進みました。
最初の一歩があったからこそ、今のような多彩な世界観が築かれているのです。
このように、7坪の店舗は単なる始まりではなく、平子良太という人物のスタイルと哲学を形づくるための実験場だったとも言えるでしょう。
どれだけ規模が小さくとも、そこに強い思いと明確な視点があれば、次へとつながる可能性は十分にあるのです。
生ドーナツが生まれたきっかけとは
生ドーナツの開発は、ある日ふとしたひらめきと現場での実験から始まりました。もともと「アマムダコタン」で使用していたブリオッシュ生地に対して、シェフの平子良太さんは「焼く以外の可能性があるのではないか」と考えていました。
そこで、スタッフとともにその生地を揚げてみるというシンプルな実験を行ったところ、予想以上の食感と風味に驚かされる結果が得られました。表面はカリッと、中はシュワッととろけるような食感が生まれ、まるで“生”のような不思議な口当たりが印象的だったと言います。
一般的なドーナツとは違い、高加水のブリオッシュ生地を使うことで、加熱時に水分が一気に蒸発し、内部に大きな気泡を作る現象が起こります。これによって、まったく新しい“生っぽさ”が実現できたのです。
ただし、特殊な生地と揚げ方を活かすには温度や時間の管理が非常に繊細で、量産には苦労が伴います。完成に至るまでには何度も試作が重ねられましたが、結果として「これまでにないドーナツ」として多くの人に支持される商品が誕生しました。
「I’m donut？」の店名に込めた意味
「I’m donut？」という名前は、一見するとユニークで遊び心のある印象を与えますが、そこにはしっかりとしたコンセプトが込められています。
この店名は、ドーナツそのものが自分自身に問いかけているようなイメージから生まれました。つまり、「私は本当にドーナツなのだろうか？」という自問自答を表しています。理由としては、「I’m donut？」で提供される商品が、従来のドーナツの定義を大きく超えた存在であるためです。
実際、揚げているのにまるで生のように感じる食感や、見た目のインパクトから、「これは何？」と驚かれることも少なくありません。そのような中で、「I’m donut.」と断定するのではなく、あえて「？」を付けることで、見る人・食べる人に余白を与える工夫がなされているのです。
この表現により、ブランドの世界観を印象づけると同時に、商品との対話が生まれやすくなります。話題性だけでなく、深いメッセージ性を持たせたネーミングは、マーケティング上の効果も非常に高いと言えるでしょう。
RPG僧侶がモチーフ？ユニークな制服
「I’m donut？」の制服が話題になった理由は、そのデザインの背景にRPGの世界観があるからです。
特に「ドラゴンクエスト」に登場する“僧侶”をモチーフとして取り入れており、ファンタジー要素を日常の店舗運営に持ち込むというユニークな発想が注目を集めました。
この制服のデザインには、平子さん自身の個人的な趣味や思い出が反映されています。
子供の頃からゲームや物語の世界に夢中だったという経験が、店舗の空間づくりやコンセプトにまで影響を与えているのです。
制服もまた、店員が“物語の住人”として働いているような演出を助ける重要な要素となっています。
一方で、このような制服は見た目のインパクトが強いため、着用する側の心理的なハードルがあることも否めません。日常的にファンタジー要素を取り入れることに抵抗を感じる人も一定数いるでしょう。
しかしながら、制服そのものがブランドの一部として機能し、来店者の記憶に残る体験を生み出しているのは間違いありません。
このように、「I’m donut？」では、商品だけでなくスタッフの見た目や役割までもが一つの“演出”として統一されており、店舗全体の物語性を高めています。
空間づくりに徹底する平子良太の美学
平子良太さんの店づくりには、単なる「商品を提供する場所」という以上の意味があります。
彼の店舗はすべてがひとつの“物語”として設計されており、その中で訪れた人が非日常の世界観に浸れるように工夫されています。
店舗の立地選びから始まり、内装の素材、壁の色、音楽、照明、スタッフの制服に至るまで、あらゆる要素が一貫した美学のもとに構築されています。
例えば、「アマムダコタン」は“石の街にある小さなパン屋さん”という架空の世界をコンセプトにデザインされました。
実際に店舗を訪れると、その空間がまるでジブリ映画の一場面のような世界観に包まれており、パンを買うという行為自体が一つのエンターテインメントになります。
これには単に見た目のインパクトを狙っているだけでなく、空間全体で「パンを食べたい」と思わせる感情を喚起させる意図があります。
さらに平子さんは、自ら物件を見て歩き、直感で「ここだ」と感じた場所に出店しています。
内装の設計やディレクションにも直接関わり、図面からデザイン、場合によっては壁の塗装まで手がける徹底ぶりです。
その姿勢には、「料理を美味しそうに見せるのもシェフの役割」という持論が根底にあります。
つまり、料理だけでなく、その背景にある世界観も含めて“味わってほしい”という思いがあるのです。
ただし、これだけ強い世界観を持たせるには、店舗ごとに細かな調整が必要となり、運営の負担も大きくなります。
内装や設計に時間も費用もかかるため、効率的な出店展開とは言いにくい側面もあります。
それでもあえてこのスタイルを貫くのは、「来るたびにワクワクする体験」を来店客に提供したいという純粋な情熱があるからでしょう。
このように、平子良太さんの空間づくりは、飲食店を超えた“総合演出”の一部として機能しています。
それは単なる店舗デザインではなく、ブランドの核心ともいえる哲学であり、他の追随を許さない個性を確立する武器でもあるのです。
平子良太 I’m donut？と次なる展開
海外進出でドーナツはどう評価されたか
2025年4月、ついに「I’m donut？」はドーナツの本場アメリカ・ニューヨークのブロードウェイに海外1号店をオープンしました。
多くの日本発ブランドが海外進出で苦戦する中、「I’m donut？」がどう受け入れられるのかに注目が集まりました。
実際、ニューヨーカーの反応は驚きと称賛に満ちたものでした。
特に特徴的だったのは、「これが本当にドーナツなのか？」という戸惑いと、「こんなドーナツを初めて食べた」という感動が共存していた点です。
高加水のブリオッシュ生地を使用した“生ドーナツ”は、軽さと口溶けに独自の魅力があり、一般的なアメリカのドーナツとは一線を画しています。
その食感のギャップこそが、現地でも大きなインパクトを与えた要因だといえるでしょう。
さらに現地では、「Sake Cream（日本酒クリーム）」といったニューヨーク限定メニューや、ヴィーガン向けのラインナップも展開され、多様な食文化への適応も評価されました。
単に日本でヒットした商品をそのまま持ち込むのではなく、土地の文化と食習慣を尊重しながらアレンジを加えることで、現地の人々にも受け入れられる設計となっています。
一方で、海外での評価が高まる一方で、維持管理や人材育成といったオペレーション面での課題も浮き彫りになりつつあります。
特に、平子さんが重視する「店舗ごとの世界観」を海外で再現するには、言語や文化の壁を超えた精緻なコミュニケーションが求められます。
現地スタッフへの理念共有や技術教育にも多くの労力が必要であり、その点は今後の展開において慎重な調整が必要となるでしょう。
しかしこのようなチャレンジの積み重ねこそが、平子さんにとっての“創造の楽しみ”であり、世界中の人々に「食の驚き」を届ける手段なのかもしれません。ニューヨークでの成功は、その第一歩として非常に有意義なものとなりました。
シュークルーラー専門店も話題に
「I’m donut？」の勢いは止まることなく、2025年5月には新業態となるシュークルーラー専門店「Cream or Cruller（クリーム オア クルーラー）」が東京・渋谷にオープンしました。
これは、シュークリームとフレンチクルーラーを組み合わせた全く新しいスイーツで、食感や見た目の楽しさが話題を呼んでいます。
このスイーツは、ふわっと軽いシュー生地と、しっとり感のある中身、さらに底面にキャラメリゼを施してカリッとした食感も楽しめる三層構造が特徴です。
さらに、クリームはあえて別添えにされており、食べる人自身がディップしたり、かけたりしてアレンジを楽しむスタイルになっています。
これにより、食べるシーンごとに味の印象が変わるという新しい体験が生まれました。
ただし、このような複雑な構成のスイーツは製造工程にも時間がかかり、効率面ではやや不利な側面があります。
提供に時間がかかることや、保存性の問題などもあるため、販売には慎重なタイミングと工程設計が求められます。
それでも、新しい「食の体験」に価値を感じる人たちにとっては、大きな魅力となっています。
また、この店舗も例に漏れず、空間設計に平子さんの哲学が活かされています。
店名からも感じられるように、“選択する楽しさ”や“問いかける面白さ”が根底にあり、来店者は自分自身が物語の一部になったような感覚を味わえます。
単にスイーツを購入する場ではなく、「新しい何かを見つける場」としての機能を持たせているのです。
このような試みは、商品開発という枠を超えた「ブランドの進化」を意味します。
シュークルーラーという新ジャンルのスイーツは、今後のスイーツシーンにおいても注目される存在になる可能性が高く、「I’m donut？」とはまた異なる方向性での展開が期待されています。
マリトッツォブームの火付け役だった
日本で“マリトッツォ”という言葉が一般的に知られるようになった背景には、平子良太さんの存在があります。
もともとイタリア・ローマの伝統菓子であるマリトッツォは、日本ではあまり知られていない存在でしたが、「アマムダコタン」での販売をきっかけに、爆発的なブームが起こりました。
きっかけは、新型コロナウイルスの影響で飲食業が大きな制限を受けていた時期でした。
当時、パン屋はテイクアウト業態として営業が許されていたものの、来客が午前中に集中してしまい、密を避けるためには工夫が必要でした。
そこで午後にも人を呼び込める新商品として、見た目にインパクトのあるパンを考えたのが始まりです。
たまたま目にした海外旅行記の中で、小さな写真に写り込んでいたマリトッツォに平子さんは衝撃を受けました。
「これだ」と直感した彼は、自身の得意とするブリオッシュ生地にたっぷりの生クリームを挟んだ商品を開発。
販売初日から注目を集め、特に写真映えするビジュアルがSNSで瞬く間に拡散され、行列が生まれるまでに至ります。
その後はフルーツを加えたアレンジマリトッツォを投入することで、視覚的にも味覚的にも楽しめる商品へと進化。
わずか数カ月で、全国のベーカリーやカフェがこぞってマリトッツォを取り入れ、日本中にブームが広がりました。
一方で、平子さん自身は「ブームを狙ったわけではない」と語っています。
むしろ、お客さんの生活動線や心理を細かく観察しながら、最適なタイミングで新しい提案を投げかけた結果、生まれた現象だといえるでしょう。
そこには、ただの流行ではなく、顧客視点に立ったマーケティングと創造力が結実しています。
平子良太の今後の活動にも期待
平子良太さんはこれまで、イタリアンシェフとしての経験を出発点に、ベーカリー、ドーナツ専門店、カフェ、ドライフラワーショップなど、多様な業態を展開してきました。
彼の活動はジャンルを超えて広がっており、もはや“料理人”という枠に収まらない存在となっています。
その勢いは2025年現在も続いており、新たな挑戦にも余念がありません。
特に注目すべきは、海外展開の加速です。
2025年4月にオープンした「I’m donut？ ニューヨーク店」は、ドーナツの本場であるアメリカ市場においても話題を呼んでいます。
現地では、「これは今までにないドーナツだ」と驚きの声が上がり、ドーナツ文化に一石を投じる存在として高く評価されました。
この流れを受けて、今後はさらに海外への出店が続く可能性があります。
また、商品開発の面では「レアブリオッシュ生地」や「シュークルーラー」など、これまでにない食感やスタイルのパンを次々と生み出しており、どれも“美味しさ”だけでなく、“体験”としての価値を持っています。
新業態の展開や既存ブランドの進化といった動きからも、平子さんが常に「次」を見据えて行動していることがわかります。
一方で、彼はビジネスの効率化や組織の成長にも注力しており、分刻みで設計されたオペレーションや、未経験者を即戦力に育てるマニュアルの整備など、経営者としての手腕も評価されています。
これにより、急激な店舗展開にも関わらず、品質やブランドイメージを落とすことなく維持している点は特筆すべきでしょう。
今後の展望として、「I’m donut？」や「dacō」の100店舗展開を視野に入れているとの発言もあり、彼の挑戦はこれからさらに加速していくと予想されます。
ただ拡大するのではなく、「場所ごとに異なる店を、一から百までデザインする」ことに価値を見出しているため、どの店舗も唯一無二の空間となることが期待されます。
このように、平子良太さんは料理人・空間演出家・ブランドプロデューサーとして、常に私たちの期待を上回るものを形にしてきました。その姿勢はこれからの食とデザインの融合において、国内外のモデルケースとなっていくでしょう。
