東京池袋の単館上映から始まり、その面白さから口コミが口コミを呼び、ついには2025年第48回日本アカデミー賞において、最優秀作品賞を受賞した映画「侍タイムスリッパ―」。
この作品には、切っても切れない人物がいます。
それが「福本清三(ふくもと せいぞう)」その人。
「侍タイムスリッパ―」と「福本清三」の知られざる関係について、書いていきます。
福本清三とは?
略歴
福本清三さん(1943年~2021年)は、兵庫県出身の日本の俳優で、東映剣会に所属していました。「5万回斬られた男」として知られ、時代劇や現代劇で50年以上にわたり斬られ役・殺され役を専門に演じ続けました。愛称は「福ちゃん」。

祖父母の家で育ったので時代劇が大好きです。
やはり福本さんの切られっぷりは、いつも目立っていましたね~
15歳で東映京都撮影所に入り、20代後半から斬られ役に特化。多数の映画やドラマに出演し、特に『ラスト サムライ』ではその演技力が国際的にも注目されました。2003年に定年後も俳優活動を継続し、2014年の映画『太秦ライムライト』では初主演を果たし、海外映画祭で主演男優賞を受賞しました。
2021年1月1日、肺がんのため京都市内の自宅で死去、享年77歳でした。
人物像
寡黙で控えめな性格で知られ、人前で多くを語ることはありませんでしたが、その背中には「役者とは何か」という問いへの答えがにじんでいました。
演技においては、細部に至るまで計算され尽くした動きと、身体能力の高さが光りました。
『仁義なき戦い』では、特殊効果を使わず自らの跳躍で銃撃のリアクションをこなしたエピソードに象徴されるように、観客の目に見えない部分でも全力を尽くす姿勢が、同業者からの絶大な信頼を集めます。
『ラストサムライ』ではトム・クルーズと共演。セリフがほとんどないサムライ役に徹し、その佇まいだけで深い印象を与えています。
ハリウッド大作に出演後も、それを鼻にかけることは一切なく、また切られ役に徹し続けました。
自分の仕事に一心に打ち込み、多くを語らず、必要とされれば命を込めて演技をする。
その様な”福本イズム”が一番よく表れているのが、ご本人の著書(聞書き)のタイトルです。
そのタイトルは「どこかで誰かが見ていてくれる」。


なぜ元ネタと言えるのか?
主人公のキャラクター
「侍タイムスリッパ―」の安田淳一監督は、主人公の高坂新左衛門のキャラクターに福本清三さんを投影して人物像を構築しました。
朴訥とした雰囲気に、それでも相手への礼は欠かず、気配りを忘れないキャラクターは、確かに福本さんに似通っているイメージですね。
また偶然にも、主役を務めた俳優山口馬木也さんは、まだ駆け出しのころ福本さんに仕事を教えてもらった経験があり、心の内で彼を尊敬したいた役者の一人でもありました。
出演オファーもしていた
安田監督の2作目『ごはん』に、福本さんは主人公を指導する老農夫役で出演しています。
その際に、より深く”福本イズム”に触れたこともあり、次作の主役のイメージを固めたのかもしれません。
そして、監督は「侍タイムスリッパ―」にも出演オファーをし、福本さんも了承しました。
役どころは、現代にタイムスリップした主人公に殺陣(たて)を教える殺陣師です。
しかし、それは実現しませんでした。
2020年からのコロナ禍で業界全体が停滞してしまい、そして2021年1月1日福本さんは亡くなってしまいまうのです。
作品の様々な場面でみられる”福本イズム”
亡くなった福本さんの代わりに殺陣師役を演じた峰蘭太郎さん。
長年切られ役としてともに活躍していた俳優さんです。
彼は道場のシーンにおいて福本さんの袴を着て撮影に臨みました。
また、タイムスリップした主人公は自分が幕末の武士であることを、(ある一人を除いて)自分からは決して明かしません。それは、「福本さんだったら自分の境遇を明かすことで、周りの人に気を遣わせるようなことはしないだろう」という監督の想いが込められた設定だそうです。


作中のセリフ、そしてエンドロールでの献辞
大きな仕事が主人公に舞い込んできた際に、撮影所所長がひとり呟きます。
「一生懸命頑張ってれば、誰かがどこかで見てくれる。ホンマやな~」
そして映画エンドロールの最初に英語での福本さんへの献辞があります。
なぜ英語にしたのか。
「きっと福本さんがご覧になったら、謙虚な福本さんのことだから『献辞なんかやめときなはれ』とおっしゃられるだろうと思い、英語なら読めないので気づかないだろう(笑)ということで英文にした。」と安田監督は語っています。
この作品には、全く福本清三さんは出演していません。
しかし、福本さんとご縁があった方たちや福本さんを尊敬する方たちが集まって完成されたこの映画。
「元ネタ」は「福本清三さん」といっても過言ではないでしょう。